- 2007/6/17
Summary
J-STAGEの概要、学会誌の電子ジャーナル化に伴うメリットと手順などを紹介する。(比較生理生化学 22(2):90-97, 2005 より転載)
近年,多くの学術雑誌が電子ジャーナル化しており,日本では科学技術振興機構が構築した科学技術情報発信・流通総合システムJ-STAGE上で,日本動物学会の「Zoological Science」や日本生物物理学会の「Biophysics」,「生物物理」,日本生理学会の「Japanese Journal of Physiology」,日本応用動物昆虫学会の「Applied Entomology and Zoology」,「応用動物昆虫学会誌」など200近い学術誌が提供されている。また,日本動物学会と日本植物学会の和文情報誌「生物科学ニュース」も,数年前から学会ホームページ上での閲覧やPDFファイルのダウンロードができるようになっており,このような学術誌のオンライン提供は今後もますます増える傾向にある。ここでは,J-STAGEの概要と他学会における学会誌電子化・Web提供化の経緯を紹介するとともに,本誌「比較生理生化学」を電子化・Web提供する場合のメリットと手順について考えてみたい。
1.科学技術情報発信・流通総合システムJ-STAGE
J-STAGE(Japan Science and Technology Information Aggregator, Electronic)とは,独立行政法人科学技術振興機構JST(旧科学技術振興事業団)が情報学研究所NII(旧文部省学術情報センター NACSIS)と連携して1999年から運用を開始した科学技術情報発信・流通総合システム(http://www.jstage.jst.go.jp/)である。このJ-STAGEでは,科学技術情報の発信・流通の迅速化と国際化を図るために,学術雑誌の電子ジャーナル化支援,日本の科学技術情報の電子化促進,電子ジャーナルの特長を活かした科学技術情報の発信,インターネットによる科学技術情報流通の促進,研究成果の迅速な発信・流通による国内外での研究評価の向上,研究成果の迅速な発信・流通による研究開発の促進,引用情報のリンクによる研究情報の効率的な利用,などの取り組みが推進されている。
J-STAGEの主な機能は,1) 公開機能:電子ジャーナルの閲覧・検索,引用文献リンク・被引用文献リンク,購読者認証・電子付録・エラータ,アクセス統計データ配信;2) 編集機能:目次・引用文献の作成支援;3) 投稿審査機能:オンライン投稿審査システムの提供など(図1)。 これらのうちJ-STAGEを利用する読者・閲覧者にとって最も便利なのが,公開機能の双方向性引用文献リンクであろう。J-STAGEは ChemPort,PubMed,CrossRef,JOISなど国内外のリファレンスサイトと協力関係にあり,J-SATGEに登載された論文はこれらリファレンスサイト経由でさまざまな電子ジャーナルサイト上に登載された論文と相互リンクされている(図2,3)。この相互リンクのおかげで,J-STAGEから外部サイトへ,外部サイトからJ-STAGEへ,双方向性かつシームレスな引用文献情報の入手や論文のオンライン閲覧が実現される。
引用文献リンクの具体例を示そう。図4は, J-STAGEから外部サイトへのリンク概要である。J-STAGEに登載された論文の引用文献に一覧(図4左上)には,引用文献リンクを示す「JLC」 ボタンがあり,これをクリックすると,JSTリンクセンター画面で引用文献の書誌情報とJOIS, PubMed, CrossRef, ChemPort などリンク先外部サイトが表示される(図4右上)。ここでそれらのリンクボタンをクリックすると,外部サイト上にある引用文献情報を呼び出すことができる(図4下)。図5に示した例では,J-STAGE登載論文の引用文献一覧(図5左)からJSTリンクセンター画面(図5中央)を経由して,PubMed上の文献アブストラクト(図5右)に辿りつくことができ,さらに出版元ELSEVIERのWebサイトで全文テキストの閲覧まで可能となっている。
図6は,外部サイトからJ-STAGEへのリンク概要である。JDream,JOIS,ChemPort,PubMed,CrossRefなど外部サイトの画面内 (図6左)にはJ-STAGEへのリンクボタンが埋め込まれており,これをクリックするとJLC経由でJ-STAGEの該当文献(図6右下)にジャンプすることができる。図7に示した例では,PubMed検索画面のリンクボタン(図7左)をクリックすることで,J-STAGE上の論文(図7右)が表示される。図8は,J-STAGE内相互リンクの例である。J-STAGEに登載されたある論文B(Ueoka et al. 1999;図8左)が論文Cを引用し,J-STAGE登載の別論文A(Tanoue et al. 2003;図8右)から引用される関係にあるとき,論文Bから論文Cへは「JLC」リンクボタンを,論文Aへは「JLC Cited」リンクボタンをクリックしてジャンプすることができる。
2005年3月11日現在,J-STAGEに登載中の学術雑誌は191誌(医学・薬学55,工学51,生物科学41,物理学16,化学12,学際・科学 一般16)で,申請中のものを併せると総数237誌(197学協会)に達するという。これら学術誌を発行する学協会にとってのJ-STAGE利用のメリッ トは,学術誌に掲載された内容を国内外へ広く発信し,学会活動の宣伝・活性化が図れることにある。全文の提供がなくても,論文のタイトルや抄録をインター ネット上で公開することで,より多くの人の目にとまり,著者への論文別刷請求が増えたり,学術誌への投稿や,学術集会への参加,学会入会が増えたりするこ とも期待できる。また,J-STAGEの電子ジャーナルでは,高精細画像や動画・音声などの電子付録(1論文5MB,1論文5ファイル,合計10MBま で)も可能なため,経費を掛けずに記事・論文に付加価値をつけて読者にアピールできる点も見逃せない。
冊子体では,印刷費が嵩むカラー写真の掲載が制限されがちだが,電子版では白黒でもカラーでも掲載するための作業がほとんど変わらないので,経費負担増 なしに複数のカラー写真が掲載可能となる。実際,「日本比較内分泌学会ニュース」では電子版のみで毎号数枚のカラー写真が掲載できるようになっている。ま た,経済性という意味では,学会誌を冊子版から電子版に移行することで,冊子版の印刷・配布に掛かる費用は少なくなり,経費節約につながることも発行者サ イドのメリットといえる。なお,J-STAGEのシステムと運用ツールは無料提供されるため,学協会が負担する経費はJ-STAGE登載用データ作成と登載作業に掛かる費用のみである。
2.他学会における学会誌電子化・Web提供化の経緯
日本比較内分泌学会では,大会プロシーディングスと和文情報誌「日本比較内分泌学会ニュース(JSCEニュース)」の電子化を2000年から検討し始め,2002年8月からJ-STAGEを利用したWeb版と冊子版の並列発行を始めた。ここではその経緯を紹介する。
まず,2000年8月〜12月に学会ホームページや年次大会の総会で日本比較内分泌学会ニュース電子化の意向をアナウンスし,2001年5月〜10月には一般会員を対象として電子化に関するアンケート調査を実施した。そのアンケート結果の一部を図9に示す。このアンケートでは,電子化・Web公開への賛同者が多いものの,電子版への完全移行(冊子体の廃止)や電子版の会員外への公開には否定的な意見も 少なくないことがわかった(円グラフ)。自由記述欄をみると,宣伝効果を期待しての積極的公開意見がある一方で,学会員の特権保護のために学会員以外への公開を控えるべきとの意見も多く寄せられた。冊子版からWeb版への移行については,ネットワーク環境の整っていない学会員への配慮やどこでも気軽に読める冊子版のメリット,検索機能が強化されるWeb版のメリットなどを指摘するコメントが多く,当分の間は冊子版とWeb版の併用が望ましいこともわかっ た。また,アンケート回答手段の分布(帯グラフ)は,インターネット(Webまたは電子メール)利用者とそれ以外(郵便・Fax・手渡しなど)の利用者が ほぼ同じ割合であったことから,このアンケートがネットワーク環境の整った学会員の意見だけを吸い上げたとは考えにくく,おそらく,ある程度は学会員全体の意見分布を反映しているものと評価できた。
2001年8月には学会広報委員が科学技術振興事業団(JST)のJ-STAGE担当者から概略説明を受け,その年12月の年次大会では一般会員向けの J-STAGE説明会を開いた。2001年12月以降は,学会広報委員,印刷会社担当者,J-STAGE担当者を中心にJ-STAGE利用のための本格的 な準備(利用申請手続き・実務者講習会の受講・登載データ作成・購読者認証設定など)を進め,一般会員には適宜ホームページや学会ニュースで状況を報告した。
2002年2月に掲載された会員向けアナウンス資料の一例を図10に 示す。この資料では,学会ニュースを電子化・Web公開した際に得られるメリットを経費面・機能面で整理している。経費面では,学会ニュース配布費用(年間約40万円)の軽減が学会としての最大のメリットであり,学会員総数の約1/4〜1/2(125〜250名)が冊子版受取を停止してWeb版閲覧に移行 すれば年間約10〜20万円の出費減が推定できる。ただし,Web版作成には,検索用テキストファイルとPDFファイルの作成費など年間約10万円の出費 増が予想されるので,学会員総数の約1/4(125人)以上が冊子版受取停止・Web版閲覧に移行しない場合は,学会ニュースの部分的Web版移行に伴って赤字が出るというデメリットも予測される。機能面でのメリットとしては,前述のJ-STAGEの機能やWeb版特有の検索機能・データベース機能の強化を挙げている。
なお,2002年8月からJ-STAGEに登載された学会ニュースでは,前述アンケートで指摘された学会員特権保護希望に応じるため,目次のみを学会員以外にも公開し,全文閲覧は会員専用のIDとパスワード入力で認証される学会員限定公開方式とした(図11)。 また,J-STAGE運用上の制限から,学会ニュースに含まれる情報のうち論文体裁の「特集」,「エッセイ」,「トピックス」,「テクニカルノート」など の記事だけがJ-STAGEに登載され,それら以外の「学会カレンダー」,「学会印象記」,「事務報告」などの全情報を含む完全版電子ファイルは学会ホームページから学会員限定配布されることになった。
日本比較内分泌学会ニュースは,電子化・Web提供を始めて約2年半経過し,Web上にNo.100(2001年2月号)〜No.116(2005年2 月号)の4年分が掲載済みである。そろそろ学会として,著者への論文別刷請求,学術誌への投稿,学術集会への参加,学会入会,経費増減など数字に表れる変化や学会員からの声などに基づいてメリット・デメリットを検証し,今後の方向性を再検討すべき時期かもしれない。
ちなみに,日本動物学会の和文情報誌「生物科学ニュース」は2000年1月号以降がWeb上で学会員以外にも全文公開されるが,英文誌 「Zoological Science」は1998年〜2004年のVol.15 (No.1)〜21 (No.7)が学会員以外にも全文公開,2004年のVol.21 (No.8)以降が学会員限定公開となっている。
3.「比較生理生化学」の電子化・Web提供化
図10に 示した経済面・機能面のメリットは,本誌「比較生理生化学」を電子化・Web提供する場合でもほぼ同様と考えられる。J-STAGEは,2004年1月の バージョンアップで大幅に機能強化されており,J-STAGE利用による機能面のメリットはさらに大きくなったはずである。ただし,このJ-STAGEを 利用して「比較生理生化学」を電子化・Web提供するには,1) 学会員以外へ公開される情報範囲,2) 学会員の認証,3) J-STAGEに登載できない記事の扱い,4) 電子化・Web提供に伴う実務負担と経費負担,などを考慮する必要がある。
学会員以外へ公開される情報範囲については,Zoological Scienceや日本比較内分泌学会ニュースの例に倣って,目次・抄録あるいは目次・抄録・引用文献・被引用文献のみ一般公開(全文PDFと電子付録は学 会員限定公開)とするのが最有力候補であろう。この範囲ならJ-STAGEの標準仕様で対応できるはずである。この場合,英文の目次・抄録を整備することが望ましいが,未整備でもJ-STAGE登載は可能である。学会員の認証についても,学会員限定公開部分を含む場合の必須事項であるが,学会員専用のID (購読者番号)とパスワードを発行することでJ-STAGEに対応できる。
J-STAGEに登載できない記事(「若手の会コーナー」,「学術集会」,「ニュース」など)の扱いは,難しい問題を含むが,日本比較内分泌学会ニュー スのように全情報を含む完全版電子ファイルをJ-STAGE以外の別サイトから学会員限定配布することで対応するしかない。ただし,学会ホームページを置く国立情報学研究所の学協会情報発信サーバ(http://wwwsoc.nii.ac.jp/)は,利用できるディスク容量制限(上限1GB)などから学術誌ファイルの長期保存場所としてあまり薦められない。無料提供されるサーバとしては,UMIN(大学病院医療情報ネットワーク = University Hospital Medical Information Network)提供の「会員制ホームページサービス」が候補となるだろう。
電子化・Web提供に伴う実務負担と経費負担については,J-STAGE搭載用のデータ作成と公開データ編集を誰(印刷会社あるいは学会)が担当するが問題となる。参考まで,J-STAGEにおける電子ジャーナル編集・制作の手順を図12に示す。ちなみに,日本比較内分泌学会ニュースでは,J-STAGE登載データ作成を印刷会社,公開データ編集を学会広報委員が分担し,別サイトの完全版電子ファイル公開作業を学会広報委員が担当している。
何事でも新しいことを始めるためには充分な議論と周到な準備が必要となるが,このような学会誌の電子化・Web提供は時代の流れでもあり,会員サービス拡大の意味でもぜひ早期実現をお願いしたいものである。
竹内浩昭