- 2015/1/7
Summary
毒餌の急激な淘汰圧を受けた地域では,毒餌を食べない個体群が発達します。急激な環境変化に伴って生物個体群が適応的食物選択行動を新しく示す時,味受容細胞の感受性の遺伝多型が重要な役割を果たすことが明らかとなりました。
チャバネゴキブリは世界的な大害虫で,その駆除には,グルコースやフルクトースなど,糖で甘味づけをした毒餌が用いられます。しかし毒餌の急激な淘汰圧を受けた地域では,毒餌を食べない個体群が発達します。
我々は,毒餌を食べないゴキブリが摂食刺激物質として使われているグルコースを忌避することを示し,また,強い淘汰圧下で出現する「グルコース忌避」という適応的な食物選択行動が,味受容細胞の感受性の遺伝的な変異に支えられていることを,電気生理学的手法で示しました。すなわち,グルコースを好む野生系統(WT型)は,他の生物種と同様に,口器にある甘味受容細胞でグルコースを受容します。甘味受容細胞からの情報を脳が処理することで,摂食行動が現れると考えられます。しかし,グルコース忌避系統(GA型)では,甘味受容細胞だけでなく,苦味物質を受容する苦味受容細胞もグルコースに感受性を示します。またグルコースに対するGA型の甘味受容細胞の応答は,WT型のそれよりもとても弱いものでした。このことから,GA型ゴキブリでは,グルコースを甘味ではなく苦味として脳で情報処理し,その結果,忌避行動が現れると考えられました。また,グルコースと誘導体を用いた構造活性相関試験によって,グルコース忌避系統の苦味感覚神経に発現している味覚受容体の構造が,グルコースと結合するよう変異している可能性があることがわかりました。
これらの発見により,急激な環境変化に伴って生物個体群が適応的食物選択行動を新しく示す時,味受容細胞の感受性の遺伝多型が重要な役割を果たすことが明らかとなりました。
(写真:勝又綾子,Andrew Ernst)
ノースカロライナ州立大学 勝又綾子・Jules Silverman・Coby Schal
(出典: 学会誌「比較生理生化学」Vol.31 No.4 表紙より)